Photos: Zul Osman
優れたリーダーは皆、粘り強さと仕事への倫理観をどこかで学んでいます。Carol Kheng, ChFC(シンガポール、26年間MDRT会員)は、ホテルの営業部門に勤務していた時代の立ちっぱなしだった5年間を振り返ります。5つ星ホテルの客室を満室にするために企業を訪問し、海外からのゲストにご利用いただくために担当者との交渉に明け暮れていました。
「あの経験のおかげで決断力とコミットメントが養われ、今の私があります。私のような経験をしていない多くのアドバイザーは断りを受け入れることが難しいと思います。あの時期に多くの電話や訪問を経験したおかげで免疫ができました」とKhengは振り返ります。
打たれ強さと意志の強さは彼女の人生の多くの場面で発揮されています。9月1日に就任したMDRT会長の職もそのひとつとなります。この肩書は、文字通り夢からスタートした金融アドバイザーとしての経歴に新たな一歩を刻みます。
変化を起こす
ホテルに勤務しながら学んだ教訓や培った人間関係には感謝するものの、仕事で要求される過酷な肉体労働と受け取る報酬の間には大きな隔たりがありました。ホテルのオーナー交代による大量解雇で職を失った後、当時20代だったKhengはこの挫折をきっかけに収入を自分でコントロールできるキャリアを追求したいと思うようになりました。
当時は保険セールスという仕事は誰からも尊敬されないと思っていたのでアドバイザーを目指すかどうかは人生で最も難しい決断だったと振り返ります。どんな仕事をしようか悩んでいたとき、Khengは夢の中で「金融サービスの世界に入るように」という声を聞きました。そのときは『ただの夢』だと思って受け流しました。しかしそれから1週間、毎日同じ夢を見たのです。Khengはそれをお告げと受け止めました。自分の担当アドバイザーに電話し、重大疾病保険と所得補償保険を中心に担当するアシスタントとして、彼の下で働かせてほしいと頼み込みました。
以前のキャリアと同様に、この仕事でも成功したいという気持ちに駆られていました。10~17歳年上の4人の兄たちは、それぞれ医療、エンジニアリング、銀行分野で既に成功していました。そしてホテル時代の顧客は新しいキャリアに好意的な見込客となりました。
「ホテル時代の顧客は今でも私のお客さまです。コーヒーを飲みながら、知り合ってからだいぶ年月が流れたことを笑い合える関係です」と言います。
短期的に行動し、長期的な成功を収める
Khengは長期的な信頼関係を築くことにたけていますが、短期的に事前対策を講じることでも成功しています。毎年、第3四半期と第4四半期に、資産税(相続税)対策の最大の紹介元であるプライベート・バンカーと会い、常に状況を把握するようにしています。現在の顧客数は約1,000人で、そのうちの20%は富裕層(HNW)と中小企業の経営者です。Khengの顧客は保険引受査定に時間がかかることが多いので、面談を早期に開始することにより翌年の営業サイクルに取り掛かることができるのです。
お客さまとコミュニケーションをとるときも、彼女は「先手を打つこと」を優先します。例えば、中小企業の経営者を不測の事態から守るために、重要なメッセージを強調します。創業者であるパートナーが保険プランがないまま死亡した場合、事後の処理は非常に複雑になり、うまくいくとは限りません。「何かが起きてから慌てふためくよりも、晴天のうちに傘を準備しておくべきです。前もって計画がある方が簡単です」とKhengは言います。
実際、彼女との会話では「種をまいて時間をかけて育てる」という話が繰り返し出てきます。2007年に彼女はあるMDRT会員の依頼で、カナダからシンガポールに移り住むことになった顧客を担当することになりました。その方はKhengにとって最大規模の案件となり、資産税対策を初めて手掛けるきっかけになりました。彼女は、世界中に資産を持つひとりのお客さまを支援するために、法務のアドバイザーを探しました。このクライアントはプライベート・バンキング部門のトップであり、KhengがHNW顧客の相続税対策、遺言、信託で成功している実績を評価しています。今もKhengにはプライベート・バンカーから多くの紹介が舞い込みます。
また、ホテル業界の元同僚の子どもで精肉業を営む兄弟オーナーからの紹介で、食品業界の顧客も抱えています。これらのクライアントは大企業というわけではありませんが、不測の事態に備えたプランニングを提供してこの市場を支えることにKhengは情熱を感じています。これらの仕事では個人としての仕事の醍醐味を味わうとともに、チームで対応するメリットを体験してきました。クライアントの多くが自国シンガポールを拠点としていて、彼らと挑戦の経験を分かち合えることも彼女の喜びです。一方でプライベート・バンカーや国外の超富裕層の顧客には、より慎重な対応が求められます。
Khengは30年間で死亡保険金請求を1件しか扱ったことがありませんが、急な対応があったらすぐに取り出せるよう顧客の書類やデータは常に整理され、ペーパーレス・プロセスを整えています。ITの専門家である甥の影響で、2008年にDropboxをいち早く導入し、個人的アイテムはOneDrive、写真はGoogle Driveといったクラウドベースのテクノロジーを積極的に利用しています。
ルーティンの再構築
Khengは長年サポート・スタッフのトレーニングや管理などを負担することなく、何でもひとりでこなせると自負していました。しかし、接客にできるだけ多くの時間を充てるためにはサポートが必要だと気付き、2021年夏にアシスタントの雇用を検討し始めました。その際の人材発掘プロセスは彼女の積極性、実務経験、理想主義を反映しながらも明晰な判断に裏打ちされていました。
2年以上かけてKhengは3人のアシスタントを採用しました。しかし程度の違いはあれ、彼女の期待に応え、その役割にとどまることができた人材はいませんでした。2023年秋、Khengはオフィス・マネジャーを退職したばかりのDorisに仕事をオファーしました。35年前にホテル時代に知り合い、最初のお客さまとしてアドバイスを提供した人です。Dorisは保険関係の全ての資料をダウンロードし、電子ファイルで一元的に管理します。Khengは最重要のAランクの顧客を担当し、DorisがBおよびCランク顧客を明確なプロセスに添って支援しています。Dorisが加わったことで画期的な変化がもたらされました。彼女のおかげでKhengは見込客探し、顧客とのコミュニケーション、付加価値の高いアドバイザー業務に集中できるようになりました。
「一緒に砦を守るスタッフがいてくれるのはとても心強いです」と言います。
MDRTの優先事項
MDRT会長として、Khengは「繋がりと成長」に焦点を当てたMDRTの施策を推進していくことに胸を躍らせています。計画には新人および中堅会員の長期的な成功を支援する新たな取り組みであるMDRT Capability(能力)プログラムが含まれます。さらにMDRTで現在進行中のデジタル変革にも注目しています。一例としてウェブサイトのリニューアルでは、各会員向けにパーソナライズされた体験を提供します。会員は自分にとって最も有益な情報を見つけやすくなり、そこから学ぶ意欲が湧くでしょう。
MDRTは世界中の多様な会員に対応するため、これらのリソースやツールを多言語で提供しています。また、MDRT関連ブランドの各組織はMDRTコミュニティの拡大に貢献しています。一例としてMDRT Academy(現在5カ国語に対応)は会員を目指す方々に入会レベルの生産性を実現する支援を行い、MDRT Center for Field Leadershipは機関のリーダーのためにリソースとベスト・プラクティス(成功事例)を提供しています。
これらの組織の拡大に関してKhengは、アジアで増加する会員の視点と動機の理解に努めることの重要性も認識しています。その一環として、アジア会員の多くがデジタルに精通し、他のアドバイザーとの差別化や成長のための新たな方法を模索していることを把握しています。
英語、北京語、広東語に精通し、日本語も理解できるKhengは「私たちは皆さんのニーズとウォンツに耳を傾け、短期、中期、長期的に何を目指しているのかを知る必要があります」と強調します。
「そのためには、会員の主要なマーケットのプロバイダー、保険会社の経営陣、役員と協力し、MDRTが会員に提供している付加価値をさらに高める必要があります」とKhengは付け加えました。
ビジネスを超えた取り組み
「献身的な取り組み」といえば、Khengはできるだけ頻繁に(通常は週5日)サイクリングに取り組んでいました。しかし2023年秋に脇見運転の車に追突されて自転車から転倒し、むち打ち症の治療が必要になったため、現在は控えるように指示されています。でもいつまでもおとなしくしているわけではありません。彼女はホールパーソン・コンセプトの構成要素を自転車のスポークととらえ、半年に一度調和がとれているかチェックしています。再び自転車に乗ることを切望しているだけでなく、治癒の過程をタイムラプス撮影した写真を眺め、逆境を克服する決意と能力に向き合っています。
「日ごとに良くなり、時間とともに回復していく様子を見ることができます」と語り、日没や日の出を低速撮影した写真も楽しんでいます。「明るくなって、暗くなり、次の日には光が戻ってきて、再び建物が照らされます」とその美しさを称えます。
ボランティアと絆
Khengは2000年にカリフォルニア州サンフランシスコで開催されたMDRTアニュアル・ミーティングに初めて出席し、翌年Program General Arrangements (PGA)ブースに出向いて、ボランティアに初参加しました。その後20年間、いくつかの委員会でチェアを務め、オーストラリアのシドニーで開催された2019年グローバル・コンファレンスではPGA担当のDVPを務めました。
こうした経験を通じて、MDRTとの絆が強化されただけでなく、一緒にボランティアや奉仕活動を行った他の会員との繋がりも深まりました。
「この20数年間、一緒に旅をし、深い友情関係を築いた会員がたくさんいます。彼らは私のMDRT経験の不可欠で大切な存在です」と振り返ります。
Contact
Carol Kheng carolkheng@yahoo.com
著者
Matt Pais
MDRT senior content specialist