人生において変化はつきものです。それはたびたび好まない形で起こります。金融サービスの専門家が混乱に陥るのは政府の規制、技術革新、あるいは外的要因、例えば銀行や保険会社が商品や手続きを削除・追加して新たに教育を受け適応しなければならないときです。
こうした状況でもアドバイザーは生き残るためだけでなく不確実性をチャンスに変えるために、時には戦略転換を求められます。しかし新しい考え方を取り入れるのは必ずしも強制されたからではありません。新たな視点はメンターや講演会の講師、課題に対処するための新しい方法を提示する書籍で得たひらめきから生まれることもあります。
再び学校へ
Roy John Hall, ADFP, CCFPは成功していました。オーストラリア、クイーンズランド州Hope Islandの19年間MDRT会員であるHallはキャリア初期にMDRTの資格を得てコート・オブ・ザ・テーブルとトップ・オブ・ザ・テーブルを何度も獲得しました。そんな時オーストラリア連邦政府が彼の世界を揺るがしました。
2016年からオーストラリア議会で審議されていた専門家資格に学位の取得が義務化される法律が翌年から施行されることになったのです。金融サービス・アドバイザーを続けたい人は2022年までに5時間に及ぶ試験に合格し、2026年までに認可された学士あるいは称号を取得し、毎年40時間の継続教育を受け、当局の倫理規定に適合しなければならなくなりました。金融サービスが新たな時代に突入したときHallが教室を離れてから25年も経っていました。
「本当は学校に戻りたくありませんでしたが、最低限必要な条件のひとつでした」とHallは述べ、どのようにビジネスを行い家族との時間を大切にしながら宿題やテスト勉強をすればいいのか悩んだと語ります。そこで彼はMDRTのネットワークに助けを求め、新たな要件をすでに満たしていたビクトリア州Geelong Westの26年間MDRT会員のRoss G. Hultgren, CFP, DFPに仕事や私生活と勉強をどのように両立させたのか尋ねました。
「どうやって課題をこなしテストの準備をすればいいのか分かりませんでした。空白期間が長かったし私は勉強家でもありません。そこで彼のやり方を知りたいと思いました。彼は勉強時間を1日ごと1週間ごとに何時間か、そして週末にも少しというふうに分ける方法を教えてくれました。大学生になるなど思ってもいませんでしたが、卒業式で角帽を空に放り投げました」とHallは述べます。
ベテランのアドバイザーの多くは学校に戻ることを嫌い、経験を理由に基準の適用から除外されることを望みました。経験豊富なアドバイザーに適用される代替経路もありましたが残された要件もかなり手ごわく、デロイトの報告書によればオーストラリアの金融サービス・アドバイザーの数は2019年から2023年の間に43%も減少しました。
Hallは学士号を取得しただけでなく業務を調整し、アドバイザーが報酬を取り決める際に毎年クライアントの同意を得なければならないという新しい要件を満たすために必要な記録文書の保持と管理を追跡・実行するプロセスを構築しました。この規制はアドバイザーにとっては著しい変化でした。これまでフィーやコミッションは単に請求すれば支払われるものだったからです。現在アドバイザーはクライアントが今後のサービス内容とそれにかかる金額を理解していることを文書で示さなければならなくなりました。そのためフィーの開示や同意、その他の通知書類を毎年記録に残す必要があります。
大学生になるなど思ってもいませんでしたが、卒業式で角帽を空に放り投げました。
—Roy Hall
「結果は良好で、何をしなければならないのか明確になったのでお客さまとの関係はより強固になりました。面談ではプランの展望やレビュー・ミーティングの回数、請求するフィーには何が含まれているのかを提示し、協働してプランに取り組みます。オーストラリアの全てのアドバイザーに求められているので皆が同じ譜面を見て歌っているようなものです」とHallは言いました。
大変なことですがコンプライアンスに関する基準や要件のおかげで私たちの職業が人々を助けるものであるという認識が消費者の間で広まりました。
「私たちの価値はお客さまの将来への旅を支援することだけでなく、会計士や遺言・委任状・信託を扱う弁護士といったお客さまの戦略的パートナーと協力することによっても示せます。私たちは要求される情報を全て集めることに励まなければなりません。以前は多くのアドバイザーが十分な教育を受けておらずクライアントの質問に答えられませんでした。今ではお客さまの取引関係の拠点となり他の士業の方々とも容易に繫がれます」とHallは語りました。
オーストラリアだけでなくニュージーランドや英国でもさらなる規制によりコミッションが禁止され、新たなあるいはより多くの書類が要求されるなど基準が大幅に変更されました。このような措置が他の国にも及ぶかどうかは臆測の域を出ませんが、MDRT会員はグローバルなレンズを通してコンプライアンスの動向や他のアドバイザーがどのように対応したのかを学ぶことができます。
オーストラリア、ビクトリア州Newtownの13年間MDRT会員のJamie McIntyre, CFPは「規制に備えるのは難しいです。規制が変わりつつあるときに一番やってはいけないのは精神的に行き詰まったり規制に抵抗したりすることです。オーストラリアの多くのアドバイザーは特定の規制に不満を持ち必要な変更をしなかったため中途半端な状態に陥ってしまいました。規制に適応するときカギとなるのは教育です。どの国のアドバイザーも自分自身をスキルアップし、学んで備えられます。それがより良いアドバイザーとしてお客さまにより良い結果を提供することに繫がります。常に規制の先を行ってください。素早く行動し、新しいシステムを導入し、真剣に取り組んでやり遂げてください」と語りました。
他分野から来た変化
ニュージーランドは2023年5月に銀行間の電子決済を祝日を含めて週7日間いつでも処理できるシステムを導入しました。これにより業者や消費者は支払いを受けるのに翌営業日まで待つ必要がなくなりました。しかし請求書の自動引き落としが実際の支払期日と重なることで、一部の消費者が銀行口座の残高不足を防ぐために当てにしていた週末や祝日の恩恵がなくなってしまいました。週末にお金を使い過ぎると電子決済の際に口座に十分なお金が残っていないかもしれません。
弊社はお客さまが助けを求めやすい環境を整えるようにしていますが、助けがいるのにそれを言わないお客さまを特定することも必要でした。
—Katrina Church
ニュージーランド、オークランドの10年間MDRT会員のKatrina Ann Churchは週7日の銀行業務がニュージーランドで浸透するにつれ、保険料の支払いが遅れるクライアントの数が40%も増加するのを目の当たりにしました。Churchは当初その結果にどう反応するべきか、滞納に対応するチームをどのようにサポートできるか考えがまとまりませんでした。この問題に対処するためだけにフルタイムのスタッフを雇うことも考えましたが、最終的にはより良いプロセスを導入し、トレーニングを強化することを選びました。それまで彼女の会社が滞納情報を受け取る方法は保険会社によって異なっていました。
そこでChurchはスタッフと協力してプロセスに手を加え、支援を必要としているクライアントを区別するために保険会社の全てのデータを標準フォーマットに統合しました。現在はボタンを押すだけで概要書を作成し何人のクライアントが滞納しているのか、どの会社か、1回目なのか2回目なのか3回目なのかを把握することができます。
「弊社はお客さまが助けを求めやすい環境を整えるようにしていますが、助けがいるのにそれを言わないお客さまを特定することも必要でした」とChurchは述べ、現在は保険料を期限通りに支払うクライアントの数は週7日の銀行業務が始まる前のレベルに戻ったと付け加えました。しばらくの間かなり混乱しましたが今はコントロールできていると感じています。
スタッフもプロセスの構築や調整に参加してもらいます。
「スタッフはプロセスについて私と同じくらい言うべきことがあります。協力してプロセスを築きそれを実践し定期的に分析することが重要で、特に保険会社が今までのやり方を変更するときはチームがもっと当事者意識を持つべきです。プロセスを開発するときはスタッフに大きな役割を与えてください。彼らに得意なことを任せることで私も自分の得意なことに注力できます」とChurchは述べました。
ひらめきによる変化
やり方を転換し考え方を変えるのは仕方がないからではなく、ひらめきによって駆り立てられることもあります。英国イングランド、ロンドンの35年間MDRT会員でMDRT元会長のCaroline A. Banks, FPFSは1990年に初めてMDRTアニュアル・ミーティングに出席しました。大会全体を通して語られた生命保険と保障性商品の真の価値に対する感情とメッセージは、ビジネスの進め方に大きな影響を与えました。
「大会で聞いた話から、私がお客さまのために適切な仕事をしていないということに気付きました。私は物事を大きな視点から見ていませんでした。手頃な価格であることが重要とは言え、保険にかかるコストばかり気にしてお客さまやご家族が必要とする保障やサービスを提供することに十分な注意を払っていませんでした」と言います。
視点を変えたことでBanksは業績を伸ばし、生命保険のアドバイザーをしていることを人前で話すのが恥ずかしくなくなりました。彼女からすると世界は恐ろしいほど保険が不足しており、大会で悟りを得たことで新たな使命感に燃えました。お客さまの将来が金銭面で安心できることを保障するために自分が必要とされていると感じました。
「あまりにも多くのアドバイザーが単なるウエルス・マネージャーになり、ファイナンシャル・プランの基礎に保険が必要であること、それが多くの場合全てを支えていることに気付いていません。保険がなければ何か問題が生じたときにファイナンシャル・プランは簡単に崩壊してしまいます。MDRTの大会に参加してからは、私がそもそもお客さまに行っていた提案よりはるかに多くの保険に加入していただく必要があったことに気付きました。私は以前自分が勧めた保険の内容を見て保障が十分か検討しました。今すぐ必要な保障に加入することが金銭的に難しければ、来年もう一度お客さまの元へ行って状況が変わっていないか確認してください。毎日コーヒーを一杯買う習慣を止められれば、浮いたお金で家族を守るために何ができるでしょうか。この考え方は非常に重要でこの業界全体に言えることであり、私がトップ・オブ・ザ・テーブルの資格を得る大きな要因となりました」と述べました。
保険会社がアドバイザーに支払うコミッションが大幅に減額されたりなくなったりしたらどうなるでしょうか。東京の14年間MDRT会員のTetsuma Adachi(足立哲真)は2019年に初めてトップ・オブ・ザ・テーブル会議に出席し、その可能性について改めて考えました。エリート会員たちが売っていたのは保険だけではありませんでした。彼が現地で出会ったアドバイザーは保険を販売するだけでなくコンサルティングや100億円の管理資産からもフィーを得ていました。
保険だけで問題を解決するのではなく、保険を核として利用しながらさまざまな解決策を提供したいと思います。
—足立哲真
「生命保険は優れた商品ですが、お客さまが抱える問題の中には保険で解決できるものとできないものがあり、保険は金融資産を管理する上で有用ですが限界もあります。また制度上の問題や、次世代にどう資産を残すかといった経営者の悩みもあります。私はこの大会を通して保険だけで問題を解決するのではなく、保険を核として利用しながらお客さまのもつ課題に対してさまざまな解決策を提供する組織を作りたいとより一層強く思いました」と言います。
足立は多角化を図るため損害保険や証券実務の専門家を雇い、中小企業向けの地震保険、キャプティブ保険や共済保険、事業承継対策や不動産のコンサルティングといった新しい商品を提供するようになりました。業務拡大に伴い1件当たりの保険料は「数千万円から数億円へ」伸びました。「私個人だけでなく会社の営業や採用にも好影響を与えています。保険代理店のコミッションがなくなったらどうなるかと聞かれたら、それに備えコミッションに頼らなくて済むよう自分の能力を磨いておくことが重要だと思います」と語りました。
多ければ良いというものではない
新規顧客を獲得し運用資産(AUM)をより多く確保することは、より多くの収入さらにはMDRTのエリート会員層に到達することに等しいはずです。
これは分かりやすい手法でしょう。しかしTimothy Daniel Clairmont, MSFSはキャリアの初期段階から別の計算を始めました。
オレゴン州Lake Oswegoの14年間MDRT会員のClairmontはどうすれば毎年10万ドルを稼げるかを考えました。生命保険の更新が生み出す収入に目を向けましたが、収入目標を達成するためのコミッションを得るにはたくさんのクライアントや見込客を追いかけなければならず、労力がかかり過ぎるという結論に達しました。
目標を達成するために次に考えたのは、EFTやACH(訳注:資金移動のための金融ネットワーク)を利用して毎月クライアントからの定期的な投資拠出を募ることでした。しかしクライアントが定期的な拠出をする余裕がないと言い出したり拠出を完全に止めてしまったりする可能性があるため、収入源としては当てにならないと結論付けました。
私はAUAの再割り当てと契約しているお客さまへのサービスを中心にビジネスモデル全体を再構築しました。
—Timothy Clairmont
「たった一つの確実な戦略は1000万ドルの管理資産(AUA)を集め、そのうちの何%かを手数料としていただいて年間10万ドルに達するようにすることでした。いったんクライアントを獲得したら、後はその方を満足させれば良いのです。私はAUAの再割り当てと契約しているお客さまを逃さないサービスを中心にビジネスモデル全体を再構築しました。資金を新商品に投資することもあれば、資金はそのままで担当するアドバイザーが私に変わるだけのこともあります」とClairmontは述べました。
複数の商品やサービスをお客さまに提供することで「財布への浸透」を図りました。
「弊社は既にAUAで3億ドル以上の資産を管理しているので、新規顧客を増やすことよりも既存顧客を満足させることにフォーカスしています。今でも新しいお客さまを受け入れていますが、年に15~20人くらいです。1世帯当たり2つ以上のサービスを提供していれば、お客さまが離れていく確率はぐんと低くなります。クロスセルはお客さまを自社にとどめておく最良の方法のひとつです」と言います。
今後アドバイザーはコンプライアンス以外にも進化する顧客の価値観、世代を超えた富の移転、その他のトレンドになる可能性がある要因といった多くの課題を突き付けられるでしょう。デロイト・アクセス・エコノミクスの調査によれば金融サービスは人工知能による急速な変革が起こりやすい業種のトップ5に入っています。「いつもこのやり方でやってきた」という見方にとらわれることなくオープンな考え方で変化を見据えられれば、アドバイザーは変化を乗り切る革新的な力を得るでしょう。
Contact
Tetsuma Adachi tetsuma.adachi@randcins.jp
Caroline Banks cbanksmdrt@gmail.com
Katrina Church katrina.church@insurancepeople.co.nz
Timothy Clairmont timmdrt@clearfp.com
Roy Hall roy@hallfinance.com
Jamie McIntyre jamie@macfinancialadvice.com.au